近年、長らく大きな改正が入らなかった民法に大改正が入り、相続法の分野でも様々な変更点が出ています。
遺言に関するルールも民法に取り決めがあり、自筆証書遺言については法務局で保管してもらえる「自筆証書遺言書保管制度」が創設されました。
この制度はメリットもある反面、人によってデメリットに感じる点もいくつかあるので、理解の元で利用を検討する必要があります。
本章では自筆証書遺言保管制度の仕組みやメリット・デメリットについて解説していきますので、ぜひ参考になさってください。
自筆証書遺言書保管制度の概要と仕組み
遺言書の作成方法には大きく自筆証書遺言、公正証書遺言、秘密証書遺言の三つの手段があります。
実際に用いられるのはこのうち自筆証書遺言と公正証書遺言がほとんどで、ケースに応じてより使いやすい方が選択されます。
ごく簡単に性質を見ると、自筆証書遺言は気軽に作成できるものの、形式的な条件を満たさないと無効になったり、改ざんや紛失のリスクがあるなど心配な点もあります。
公正証書遺言は公証人が関与して作成されるので、形式的な不備が生じにくいことや安全面でリスクがほとんどないものの、遺言者だけで自由に作成することはできず、公証人の手数料がかかるなど使いづらい面もあります。
今般の改正では、自筆証書遺言を作成した場合に、自宅保管ではなく法務局で保管してもらう方法が新設されました。
これによりこれまで不安があった安全面が向上し、形式面の不備などへの手当てもされることになったため、自筆証書遺言の自由性を維持しながら安全性も向上させることができるようになりました。
この改正は2020年7月10日より施行されているので、希望する人はいつでも自筆証書遺言書保管制度を利用することができます。
次の項では本制度のメリット面に焦点を当てて見ていきます。
自筆証書遺言書保管制度のメリット
自筆証書遺言書保管制度には以下のようなメリットがあります。
①紛失のリスクが無い
自筆証書遺言はこれまで自宅で保管するケースが多く、その場合時の経過とともにどこにしまったか忘れてしまったり、荷物の整理の際に誤って破棄してしまうなど紛失のリスクが常にあります。
自筆証書遺言書保管制度を利用すると遺言書の原本は法務局で保管されるので、紛失や誤って廃棄してしまう恐れはありません。
②改ざん等のリスクが無い
自宅で自筆証書遺言を保管する場合、家族と生活する屋内となるため勝手に開封されたり、改ざんされるリスクも生じます。
これを防ごうと分かりにくいところに隠すと、今度はいざ相続が起きた際に見つけてもらえないというジレンマが生じます。
ケースによっては見つけてもらいやすいようにあえて遺言書の保管場所を家族に伝えておくこともあるので、その場合は改ざん等のリスクが上がることになります。
自筆証書遺言書保管制度は法務局で原本を保管するので、他者による改ざんや故意による破棄などのリスクがありません。
③形式的不備のチェックを受けられる
自筆証書遺言の作成については正確な日付を記す、氏名を記載し押印するなどの形式上の条件がいくつか決められています。
公正証書遺言であれば公証人がこれらをチェックしますが、自筆証書遺言ではそのようなチェック機能がなく、形式的な不備からせっかく作った遺言書が無効になってしまうケースも少なくありませんでした。
自筆証書遺言書保管制度を利用すると、作成した遺言書に形式的な不備が無いかどうか法務局担当官のチェックを受けられるので、形式面から無効となるリスクを避けることができます。
④検認が不要になる
検認は作成された自筆証書遺言に形式的な不備がないかどうかチェックしたり、遺言書の偽造等を防止するといった役割があります。
自宅で自筆証書遺言が発見された場合は開封せずに家庭裁判所に持ち込んで検認を受ける必要があり、一定の手間と時間を取られるので相続人に負担となります。
自筆証書遺言書保管制度を利用すると検認が不要になるので、相続が起きた際の相続人の負担を減らすことができます。
⑤相続人に対する通知のシステムがある
自筆証書遺言書保管制度には一定の条件下で相続人に対して相続の発生を通知するシステムが備わっています。
遺言者本人が希望すれば、法務局の担当官が遺言者の死亡の事実を把握した際に、指定された相続人に通知をしてもらうことができます。
また被相続人の死亡後に相続人や遺言執行者、受遺者など(関係相続人等といいます)が遺言書を閲覧した際、あるいは遺言書情報証明書の交付を受けた際、その他の関係相続人等に通知が行くことになっています。
これにより関係者が相続の発生を知る機会が確保されます。
⑥貸金庫より費用が抑えられる
自筆証書遺言を作成し、改ざん等のリスクを避けるため銀行の貸金庫などを利用するケースもありましたが、これには年間数万円程度の費用がかかります。
自筆証書遺言書保管制度を利用すれば遺言書一通につき3900円の費用で済み、貸金庫のように年間の保管料が加算されることはありません。
⑦保管中も遺言者本人の確認が可能
遺言者本人はいつでも保管された遺言書を確認することができます。
臨めば原本を確認することもできますが、遺言書を保管する法務局が遠方であっても、最寄りの法務局でタブレット端末を使い電子データとして確認することができます。
ただし後述しますがこうした確認ができるのは電子データであっても「遺言書保管所」に指定された特定の法務局だけです。
データで確認する場合は1400円、原本を確認する場合は1700円の手数料がかかります。
自筆証書遺言書保管制度のデメリット
次に自筆証書遺言書保管制度のデメリット面について見ていきます。
①全ての法務局で対応するわけではない
自筆証書遺言書保管制度を利用したくても、どこの法務局でも対応してくれるわけではありません。
遺言書保管所に指定された法務局でなければ対応してくれないので、以下で最寄りの遺言書保管所を探してみましょう。
参考:https://www.moj.go.jp/MINJI/07.html#header
さらに実際に手続きを取る場合、実施できるのは以下の法務局に限られます。
a遺言者の住所地を管轄する遺言書保管所
b遺言者の本籍地
c遺言者の所有する不動産の所在地
以上に留意して相談先の法務局を選定してください。
②必ず本人が出向いて手続きをしなければならない
自筆証書遺言書保管制度を利用する場合、必ず遺言者本人が遺言書保管所となっている法務局に出頭して手続きを取らなければならないことになっています。
家族の代理申請や弁護士による代理も認められていません。
弁護士でも認められないのはかなり厳格な性質を持つ制度と言えますが、これには理由があります。
代理申請ができてしまうと、本人の意思に反する遺言が作成、保管されてしまう可能性があるためです。
自筆証書遺言は自宅での保管もできますから、例えば悪意を持った誰かが真の遺言書とは別に不正な遺言書を作成し、本人の代理と称して手続きをしてしまう恐れもあります。
そのため安全を優先し代理による申請は一切認められないのです。
もし病気やケガなどで本人が出向けない場合は自筆証書遺言書保管制度を利用することができません。
③本人確認書類がある程度限定される
自筆証書遺言書保管制度を利用するには厳格な本人確認が求められ、その際に顔写真付きの身分証明書が必要になります。
運転免許証や運転経歴証明書、パスポート、マイナンバーカードなどは使用できますが、健康保険証は使用できません。
日常生活における普段の本人確認に保険証しか提示できない人は、比較的交付を受けやすいマイナンバーカードを発行してもらう検討が必要です。
④形式面以外の遺言内容はチェックされない
民法所定の形式面のチェックを受けることはできますが、法務局の担当官は遺言書の内容面まで気を配って見てくれることはありません。
自筆で書かれているか、日付は正しく記載されているか、署名押印はされているかなどの形式面は確認されるものの、内容的に問題ないかどうかという面には関与しないので、この点は利用者も知っておく必要があります。
遺言書を作成するには遺産トラブルを予防するため遺留分に配慮するなどの工夫を施すことが多く、公正証書遺言であれば公証人からこうした内容面のチェックを受けられます。
しかし法務局の担当官は内容面のチェックは行いませんので、遺言書に記す内容については別途専門家に相談するなどしてケースごとにトラブルが起きにくい内容を考えなければいけません。
⑤様式に定めがある
自筆証書遺言書保管制度を利用するには、定められた様式を用いた遺言書を作成しなければなりません。
A4の書式で余白については上下、左右とも指定されています。
詳しくは下記参考サイトの5ページ「遺言書の様式の注意事項」記載の注意事項を守って作成しなければなりません。
参考:https://houmukyoku.moj.go.jp/mito/page000001_00041.pdf
⑥変更事項の届け出が必要
自筆証書遺言書保管制度を利用するには、関係者の氏名や住所などを法務局に登録しなければなりません。
そして利用中に登録した情報に変更が生じた際には変更届の手続きが必要です。
遺言者本人や遺言執行者、受遺者、あるいは遺言者が死亡した際に通知される相手の氏名や住所など、登録した情報に変更があった時には速やかに届け出が必要です。
この届出をしなかったからといって遺言が無効になることはありませんが、相続発生の際にスムーズな手続ができなくなる可能性があるので忘れないようにしましょう。
⑦原本をもらうことができない
亡くなった故人が作成した自筆証書遺言は相続人にとって形見のような存在として大切に扱われることもあります。
しかし自筆証書遺言書保管制度を利用した場合、遺言書の原本は相続発生後に相続人に返還されません。
詳しくは次の項でお話ししますが、相続人が受け取れるのは遺言の内容が記載された遺言書証明情報となり、被相続人がその手で書き記した遺言書原本を持ち帰ることができないので、気持ちの面で寂しい思いをする人もいるかもしれません。
自筆証書遺言書保管制度が利用された場合に相続人ができること
上で述べたように、相続人は被相続人が作成した遺言書の原本を返してもらうことができません。
自筆証書遺言書保管制度が利用された場合、相続人は遺言書保管所となっている法務局に対し、以下の3つの請求ができます。
①遺言書の閲覧請求
遺言書の内容を目で見て確認することができ、モニター越しに遺言内容を確認するか、もしくは遺言書の原本を閲覧することができます。
②遺言書情報証明書の交付請求
遺言書の内容を証明する資料として遺言書情報証明書の交付を受けることができます。
③遺言書保管事実証明書の発行請求
これは遺言書保管所となっている法務局に遺言書が保管されているかどうかの事実を記す証明書の発行を受けるものです。
相続人としては、法務局に遺言書が保管されていないことが分かれば、自宅内に自筆証書遺言が保管されている可能性を考えて捜索に注力することができます。
相続人は以上3つの請求が可能ですが、上記請求は全て相続が起きた後でなければ請求できません。
まとめ
本章では近年の民法改正で創設された自筆証書遺言保管制度について、制度の概要や仕組み、メリット・デメリットを見てきました。
従来の自筆証書遺言では不安に思われる点に配慮がなされ、安全性や利便性が向上したと評価される一方、一定のデメリットもあるので、利用を考えるのであれば不都合が無いかどうかよく考えて検討するようにしましょう。
また遺言書に記載する内容については従来通りトラブルを避けるように配慮が必要で、法務局の担当官はこの点に配慮してくれないので、弁護士等の専門家に必要に応じて相談するようにしてください。
戸田譲三税理士事務所(現税理士法人みらいパートナーズ)、富士通株式会社 社内ベンチャー企業 勤務を経て2004年 桐澤寛興会計事務所 開業その後、2012年に響き税理士法人に組織変更。相続相談者様の悩みに寄り添うサービスを心がけている。
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