日本の相続の大きな特徴として、多くのケースで遺産に不動産が含まれることが挙げられます。例えば実家の親に相続が起きれば、所有する土地や家屋が相続財産となって相続人に引き継がれます。
不動産の所有権を持っていることを証明するのがいわゆる「権利書」ですが、その権利証を紛失してしまっている場合、相続が起きたらどうなるのでしょうか。
親が高齢であれば権利書を紛失してしまっていることも十分に考えられます。
本章では不動産の権利書を紛失した場合の相続時の対応について解説します。
目次
この記事の監修者
税理士 桐澤寛興
戸田譲三税理士事務所(現税理士法人みらいパートナーズ)、富士通株式会社 社内ベンチャー企業 勤務を経て2004年 桐澤寛興会計事務所 開業その後、2012年に響き税理士法人に組織変更。相続相談者様の悩みに寄り添うサービスを心がけている。
権利書および登記識別情報とは
まずは不動産の権利書がどのようなものであるのか先に押さえておきましょう。
権利書は正確には「登記済証」のことを指し、平成18年以前まで不動産所有権の登記をした際に発行されていました。
現在では権利書の代わりに「登記識別情報」という名前の書面が発行されるようになっていて、こちらは行政事務を電子化するために12桁の英数字を組み合わせたパスワードのようなものが記載されています。
つまり不動産によって従来の権利書(登記済証)が付随するものと、登記識別情報が付随するものの二パターンがあるということになります。
権利書も登記識別情報も性質としては同じですので、特別に分けて記述するもの以外は本章で解説する内容はどちらにも当てはまるとお考えください。
権利書を紛失したことをもって不動産の権利を失うわけではありませんが、権利書が万一他人の手に渡ってしまうと悪用されてしまう危険があります。
権利書や登記識別情報は再発行ができないので、法務局に対し悪用防止の手続きを取ることを考えましょう。
権利書の場合は警察への被害届と共に法務局に対し不正登記防止の申出をすることを考えます。
事案によっては警察への被害届の他に印鑑登録をした市区町村で印鑑証明書を無効にする手続きをすることなど、別の手続きを求められることもあります。
法務局の登記官に相談の上、必要な手続きを取るようにしてください。
登記識別情報を紛失した場合は登記識別情報の失効の申出をすることができます。
これにより同様に他人による悪用を防ぐことができるので、こちらも法務局の担当官に相談してください。
一方、権利書の紛失した場合の相続登記手続きがどうなるのかは別の問題ですので、この点を次の項で見ていきます。
権利書なしで相続登記はできるのか?
相続登記に関しては一部例外を除いて基本的に権利書は必要ありません。
売買取引で権利書が必要になるのは、売り主を名乗る人物が本当に権利者であることを確認するためです。
これが相続登記の場合、登記の申請をするのは権利書に記載された名義人ではなく、相続で新たに所有権を得た相続人です。
旧所有者たる被相続人名義の権利書は手続き上必要ないので、権利書が無くても相続登記には基本的に影響がないのです。
では通常の相続登記ではどのような資料を求められるのか確認してみましょう。
相続登記に必要な書類は?
相続登記はケースによって必要になる書類が異なります。
以下では遺言による指示で所有権を得て登記する場合、遺産分割協議で所有権を得て登記する場合、法定相続分で権利を取得して登記する場合の3つケースで必要になる書類を確認します。
ただし、実際の事案では事情に応じて必要書類が若干変わることもあるので、ここでは一般的な例としてお考えください。
①遺言の指示による場合
- 被相続人の出生から死亡までの戸籍謄本
- 被相続人の住民票の除票
- 相続人全員の戸籍謄本
- 不動産の所有権を取得する者の住民票
- 不動産の固定資産評価証明書
- 遺言書
②遺産分割協議による場合
- 被相続人の出生から死亡までの戸籍謄本
- 被相続人の住民票の除票
- 相続人全員の戸籍謄本
- 相続人の印鑑証明書
- 不動産の所有権を取得する者の住民票
- 不動産の固定資産評価証明書
- 遺産分割協議書
③法定相続分による場合
- 被相続人の出生から死亡までの戸籍謄本
- 被相続人の住民票の除票
- 相続人全員の戸籍謄本
- 不動産の所有権を取得する者の住民票
- 相続する不動産の固定資産評価証明書
このように不動産の権利書は必要書類に含まれないので、相続登記においては基本的に不要です。
上記の添付書類に、登記申請書を添えて法務局で登記の手続きを取るようにしましょう。
なお相続登記は今現在は義務ではないものの、法改正によって2024年4月までの間に義務化されることが決まっています。
そして義務化された後は過去に遡ってその効力が及ぶため、結局は全ての事案で登記が求められることになるので、施行前の今の段階でも相続登記はしておくべきです。
改正法の施行後は相続登記を一定の期限内に終えないと10万円以下の過料というペナルティもあるので、未登記の状態を放置しておくことはリスクになります。
ということで基本的には権利書が無くても相続登記は可能ですが一部例外があり、権利書が必要とされるケースもあるので次の項で確認します。
権利書が必要になる例外ケース
一つは、何らかの理由で被相続人の住民票の除票が取得できず生前の最後の所在地と登記上の住所の一致が確認できないケースです。
この場合、被相続人が不動産の所有者であることを確認するため権利書を求められます。
二つ目は相続人以外の者が遺贈により取得した不動産の登記を行うケースです。
遺贈の登記は相続を原因とする登記と性格が異なり、被相続人と受遺者が共同申請するという体裁をとるため、被相続人が権利者であることを証するために権利書の添付が求められます。
これらのようなケースで権利書を紛失し用意できない場合、再発行ができないことから特別な対応が必要になります。
どうしても権利証が必要になったらどうする?
権利書は再発行ができないことから、どうしても必要な場合は特別な対応が必要です。
権利書を紛失した場合の対処方法としては以下の三つが考えられるので順に見ていきます。
①資格者代理人による本人確認証明情報の提供
一つは司法書士などの資格者に、その不動産の所有権が自らにあることを証明してもらう方法です。
司法書士などの資格者に一定の本人確認書類を提示し、さらに面談を行って真に所有権を有する者であることを証明してもらいます。
本人確認書類は運転免許証、マイナンバーカード、運転経歴証明書、特別永住者証明書など顔写真の付いたものであれば基本的に1点用意すれば足ります。
顔写真が付いたものが用意できない場合(保険証や年金手帳など)は、少なくとも2点用意しなければなりません。
ケースによってはその他証明力を上げるための補足資料を複数用意しなければならないことがあるので、個別ケースで相談相手となる資格者から指示を仰いでください。
資格者が本人確認証明情報の提供をすることで、それが権利書の代わりとなり、法務局で手続きが行えるようになります。
②法務局の事前通知制度
これは法務局の担当官が不動産の所有者に対し「登記がなされようとしているが問題ないか。
問題なければ期限内にその旨を申し出るように」という通知を行うものです。
成りすましの防止を考えた手段で、この通知に対し承諾する旨の通知をすれば登記手続きを進めることができます。
回答には二週間の猶予が付され、その間に回答がないと登記手続きが実行されません。
事前通知制度は郵送により行われるため時間がかかるデメリットがあります。
③公証人の認証
上記①の司法書士などの資格者による本人確認と同じように、公証人の認証を得ることで権利書の代わりとすることもできます。
司法書士等による本人確認と違うところは、公証人の場合本人確認に用いる資料や方法がかなり限定されていることです。
一つは運転免許証によるもの、もう一つは印鑑及び印鑑証明書によるもの、さらに特徴的なのが、公証人が個人的に対象者の正確な氏名を知っていて面識があれば、身分証明書の類が無くても認証することができる点です。
公証人という公的な職の信頼性、公正性が担保されている証と言えるでしょう。
相続税の申告手続きもお忘れなく
さて相続事案の場合、相続登記とは別に税務面では相続税の申告手続きもあります。
不動産関係で税務申告において必要となるのは固定資産評価明細書や登記事項証明書で、他にケースよって書類が増えることはありますが権利書は必要とならないので安心してください。
相続税の申告納税の手続きは相続発生から10か月以内が期限となっているので、手続きが必要なケースでは忘れないようにしてください。
まとめ
本章では不動産の権利書を紛失してしまった場合の相続時の対応について見てきました。
権利書は今の不動産登記システムで用いられる登記識別情報と同じ性質のもので、不動産の所有者であることを証する大切な書類です。
紛失した場合、悪用防止の面で対応策を考える必要があるので、早めに法務局で相談することをお勧めします。
これとは別に、相続登記の面では基本的に権利書は必要ないので登記手続きは可能です。
一部例外的に権利書が必要になることがあり、その場合は権利書に代わる特別な方策を用いて対応することになります。
例外的ケースでは普段付き合いのある司法書士や税理士など身近な専門家に相談すれば、その事案に合った対応策をアドバイスしてくれると思います。
また相続税の申告手続きにおいては不動産の権利書は使用しないので、通常通り期限に間に合うように手続きを済ませてください。
戸田譲三税理士事務所(現税理士法人みらいパートナーズ)、富士通株式会社 社内ベンチャー企業 勤務を経て2004年 桐澤寛興会計事務所 開業その後、2012年に響き税理士法人に組織変更。相続相談者様の悩みに寄り添うサービスを心がけている。
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