財産を相続により取得した人には相続税の納付が求められていますが、農地には農業保護の観点から、相続税の負担を減らすことの出来る納税猶予の特例が設けられています。
この納税猶予の特例には相続税の負担を減らすことの優遇措置の代わりとして営農を続けること等が義務となっており、優遇措置と義務とを比較しながら適用を検討する必要があります。この検討のためには、まずは農地の相続税の納税猶予額を見積もることが重要です。
今回は計算例を用いながら、農地の相続税の納税猶予額についてご紹介致します。
目次
農地の相続税の納税猶予額
相続財産に土地が含まれる場合には、宅地、田、畑、山林等の地目毎に分けて財産評価を行い、その評価額に基づいて相続税の計算をします。
土地のうち田や畑等の農地は、宅地と比較をすると低い価額により評価がされ、更には一定の条件により農業相続人が農地等を相続した場合の納税猶予の特例を適用することが出来ます。この特例により、農地の相続税評価額の一部に対する相続税が猶予されます。
農業相続人が農地等を相続した場合の納税猶予の特例を利用することが出来る要件については別記事で詳しくご紹介しております。ご参照ください。
農地の相続税評価額
農地の相続税評価額は、農業投資価格と宅地期待益により構成をされています。
農業を営んでいた被相続人又は特定貸付け等を行っていた被相続人から一定の相続人が一定の農地等を相続や遺贈によって取得し、農業を営む場合又は特定貸付け等を行う場合には、一定の要件の下にその取得した農地等の価額のうち農業投資価格を超える部分に対応する相続税額は、その取得した農地等について相続人が農業の継続又は特定貸付け等を行っている場合に限り、その納税が猶予されます。
農業投資価格による価額を超える部分に対応する相続税額は宅地期待益に相当し、この宅地期待益が猶予額となります。
農業投資価格
農業投資価格とは、耕作の目的のみに利用する場合の農地の価額をいいます。
農地は耕作目的ではなく宅地に転用をして居住、賃貸物件の建設、売却等の他の利用価値がある場合には、その土地に価値があるとみなされ相続税の計算上は時価評価を受けます。しかし引き続き耕作を行う意思がある場合には、農地の保護のために時価よりも低い、宅地期待益を差し引いた農業投資価格で評価を受けることが出来ます。
農業投資価格は、国税庁のホームページ、路線価図・評価倍率表のページより都道府県ごとに公開がされています。例えば令和2年分の農業投資価格は、東京都であれば10a当たり、田は900千円、畑は840千円、採草放牧地は510千円、神奈川県であれば10a当たり、田は830千円、畑は800千円、採草放牧地は510千円と定められています。
ここでいう田とは農耕地で用水を利用して耕作する土地のことであり、畑とは農耕地で用水を利用しないで耕作する土地をいい、現況での判断及びそれぞれ地目の区分は不動産登記事務取扱手続準則に準じて判断を行います。
また採草放牧地とは、農地以外の土地で、主として耕作又は養畜の事業のための採草又は家畜の放牧の目的に供されるものをいいますが、これに準じて現況での判断を行います。
宅地期待益
宅地期待益とは、将来耕作を止めて宅地として転売を行った場合に、農地よりも高く売却することが出来るという想定による潜在的な利益をいいます。
納税猶予額の具体例
納税猶予額を具体的に算出してみましょう。納税猶予額は通常の評価方法による相続税の総額から農業投資価格による相続税の総額を差し引いた額になります。よって、相続税の総額を通常の方法によるものと、農業投資価格によるものを個別に計算する必要があります。算出に当たり下記の条件で考えることとします。
- 相続対象の農地の所在地:神奈川県
- 相続財産:農地のみとする
- 農地の地目:畑
- 法定相続人:1人、納税猶予の特例の要件を満たしている
- 農地面積:1,000a
通常の評価方法による相続税の総額
まずは通常の評価方法による相続税の総額を算出します。下記の順に計算が行われます。
- 農地の評価額を算出する
農地の評価額を算出します。今回の例では農地の評価額が3億円とします。
農地の評価方法については別記事で詳しくご紹介しております。ご参照ください。
→農地の評価は意外と複雑!農地・生産緑地の評価方法徹底解説! - 課税遺産総額を算出する
次にこの3億円から基礎控除額を差し引いて課税総遺産総額を算出します。基礎控除額とは、相続税の計算をする際に遺産総額から差し引くことができる金額であり、法定相続人の人数により定められています。基礎控除額は3,000万円に600万円の法定相続人の人数を乗じたものを加えた金額です。今回の例では法定相続人は1人ですので、基礎控除額は3,600万円となります。よって3億円から3,600万円を差し引いた2億6,400万円が課税総遺産総額です。計算式にすると下記の通りになります。
3億円△(3,000万円+600万円×1人)=2億6,400万円 - 通常の評価方法による相続税の総額を算出する
上記の課税総遺産総額に対する相続税の税額を算出します。相続税の税額は2億6,400万円に対する相続税額は相続税率45%を乗じ控除額2,700万円を差し引いた金額です。相続税率と控除額は課税総遺産総額に応じてあらかじめ定められているものです。今回の例では2億6,400万円に45%を乗じた1億1,880万円から2,700万円を差し引いた9,180万円が通常の評価方法による相続税の総額です。計算式にすると下記の通りになります。
2億6,400万円×45%△2,700万円=9,180万円
農業投資価格による相続税の総額
次に農業投資価格による相続税の総額を算出します。下記の順に計算が行われます。
- 農業投資価格を調べる
農地の評価額に農業投資価格を用います。農業投資価格は上記でご紹介しました通り、国税庁のホームページにより金額を知ることが出来ます。今回の例では神奈川県に所在する畑についての農業投資価格を用い、神奈川県に所在する畑の農業投資価格は10a当たり800千円となります。 - 農地の評価額を算出する
農業投資価格に対して所有面積を乗じて農地の評価額を算出します。今回の例では1,000aの畑を評価するため、800千円に10分の1,000を乗じた800万円が農業投資価格による農地の評価額です。計算式にすると下記の通りになります。
800千円×1000a/10a=80,000千円=8,000万円 - 課税遺産総額を算出する
次にこの8,000万円から基礎控除額を差し引いて課税総遺産総額を算出します。8,000万円から3,600万円を差し引いた4,400万円が課税総遺産総額です。計算式にすると下記の通りになります。
8,000万円△(3,000万円+600万円×1人)=4,400万円 - 農業投資価格による相続税の総額を算出する
上記の課税総遺産総額に対する相続税の税額を算出します。相続税の税額は4,400万円に対する相続税額は相続税率20%を乗じ控除額200万円を差し引いた金額です。今回の例では4,400万円に20%を乗じた880万円から200万円を差し引いた680万円が農業投資価格による相続税の総額です。計算式にすると下記の通りになります。
4,400万円×20%△200万円=680万円
納税猶予額
最後に納税猶予額を算出します。通常の評価方法による相続税の総額から農業投資価格による相続税の総額を差し引きます。
今回の例では、通常の評価方法による相続税の総額は9,180万円、農業投資価格による相続税の総額は680万円と算出されたため、この差額の8,500万円が納税猶予額です。計算式にすると下記の通りになります。
9,180万円△680万円=8,500万円
納税猶予額の適用のためには手続きが必要
農業相続人が農地等を相続した場合の納税猶予の特例を適用するためには、その特例を適用するための要件を満たすことと共に、相続税の申告手続き、納税猶予期間中の継続届出が必要です。
相続税の申告
被相続人の死亡の翌日から 10ヶ月以内に、相続税の申告書を提出します。この際に納税猶予額と利子税に見合った担保を提供しなければなりません。この場合の担保とは一般的には農地の納税猶予の特例の適用を受ける農地等の全部をいいます。
また農地の納税猶予の特例の適用を受けるためには農業委員会による相続税の納税猶予に関する適格者証明書、担保として提供する財産の明細書およびその他担保の提供に関する書類、特定貸付を行っている場合は相続税の納税猶予の特定貸付に関する届出書の添付が必要です。
納税猶予期間中の継続届出
納税猶予期間中は相続税の申告期限から 3年目ごとに、引き続いてこの特例の適用を受ける旨及び特例農地等に係る農業経営に関する事項等を記載した届出書を提出することが必要です。
農業又は農地の貸付を引き続き行っていることを証明する農業委員会の証明書、特例農地等の異動明細書、特例農地等に係る農業経営又は農地の貸付に関する明細書の添付が必要です。
農地等納税猶予税額の納付
農業相続人が農地等を相続した場合の納税猶予の特例を適用後に、下記の事項のいずれかに該当をした場合には税金の納付を求められます。猶予及び免除を受け続けるためには、下記に該当をしないことが必要です。
農地等納税猶予税額を納付しなければならなくなる場合
下記のいずれかに該当をする場合は、農地等納税猶予額を納付しなければなりません。
- 特例農地等について、譲渡等があった場合
譲渡等には、譲渡、贈与若しくは転用のほか、地上権、永小作権、使用貸借による権利若しくは賃借権の設定若しくはこれらの権利の消滅又は耕作の放棄も含まれます。
- 区分地上権を設定した場合でも対象農地を引き続き耕作等する場合には、納税猶予が継続されます。
- 地上権、使用貸借権、賃借権等を設定した場合でも一時的に道路用地等に貸し付ける一定の場合や農用地利用集積計画に基づくもの等で一定の要件を満たす特定貸付け等は、納税猶予が継続されます。
- 耕作の放棄は、農地について農地法第36条第1項の規定による勧告があったことをいいます。
- 特例農地等に係る農業経営を廃止した場合
- 継続届出書の提出がなかった場合
- 担保価値が減少したこと等により、増担保又は担保の変更を求められた場合で、その求めに応じなかったとき
- 都市営農農地等について生産緑地法の規定による買取りの申出又は指定の解除があった場合や都市計画の変更等により特例農地等が特定市街化区域農地等に該当することとなった場合
- 特例の適用を受けている準農地について、申告期限後10年を経過する日までに農業の用に供していない場合
納付すべき税額に係る利子税
上記により納付する相続税額については、相続税の申告期限の翌日から納税猶予の期限までの期間に応じ、下記の区分によりそれぞれに掲げる割合で利子税がかかります。
- 特例農地等のうちに相続又は遺贈により取得をした日において都市営農農地等で都市営農農地等であるものを有する農業相続人…年3.6%
- 特例農地等のうちに相続又は遺贈により取得をした日において都市営農農地等であるものを有しない農業相続人
- 特例農地等のうちに相続又は遺贈により取得をした日において市街化区域内農地等(田園住居地域内農地又は地区計画農地保全条例制限区域内農地であって三大都市圏の特定市の区域内に所在するもの及び生産緑地等を除きます。)であるものに対応する部分の金額を基礎とする部分…年6.6%
- 上記以外の部分…年3.6%
まとめ
相続財産のうち農地に対しては一定の要件を満たすことで、農業相続人が農地等を相続した場合の納税猶予の特例を適用することが出来ます。
この特例の適用により猶予される相続税額は、通常の評価方法による相続税の総額から農業投資価格による相続税の総額を差し引いた額である宅地期待益に相当をする金額です。上記の計算例の通り、非常に多くの税額について猶予を受けることが出来ます。農地を相続財産として取得をする場合には必ずこの特例を適用することが出来るかの確認をすることが大切です。
適用の要件の確認のみならず、この特例を適用するためには財産評価の確実な計算や相続税の期限内申告が求められています。また申告以後も特例を受け続けるためには、特例農地等について、譲渡等をせずに営農をし続けること及び継続届出が必要となります。
農地の評価方法や相続税額の計算、申告及びその後の手続き等に不安な点がございましたら、弊社までお気軽にご相談ください。
戸田譲三税理士事務所(現税理士法人みらいパートナーズ)、富士通株式会社 社内ベンチャー企業 勤務を経て2004年 桐澤寛興会計事務所 開業その後、2012年に響き税理士法人に組織変更。相続相談者様の悩みに寄り添うサービスを心がけている。