農地を相続したとき、その評価額の大きさに驚く方は多くいらっしゃいます。
ただ農地には、農業を守る観点から相続税の納税を猶予する特例が設けられています。
この特例は、当面の納税負担を抑えられる一方で、営農の継続などの義務を伴う制度です。
適用した時点で税金が免除されるわけではなく、一定の免除要件を満たすまで納付が猶予されます。適用するかどうかは、優遇と義務を見比べたうえでの判断となります。
その判断の出発点が、猶予される税額の見積もりです。
今回ご紹介するのは、令和8年分の農業投資価格を用いた納税猶予額の計算方法です。
あわせて、猶予が打ち切られた場合にかかる利子税の実際の割合にも触れていきます。
この記事の監修者

税理士 桐澤寛興
戸田譲三税理士事務所(現税理士法人みらいパートナーズ)、富士通株式会社 社内ベンチャー企業 勤務を経て2004年 桐澤寛興会計事務所 開業その後、2012年に響き税理士法人に組織変更。相続相談者様の悩みに寄り添うサービスを心がけている。
農地を相続して農業を続けるなら相続税の一部は納税が猶予される

相続財産に土地が含まれる場合、宅地・田・畑・山林といった地目ごとに財産評価を行います。
そのうえで、評価額をもとに相続税を計算する流れです。
田や畑などの農地は、その区分や所在地に応じた方法で評価され、宅地より低い評価額となるのが一般的です。
さらに一定の要件を満たせば、「農業相続人が農地等を相続した場合の納税猶予の特例」を適用できます。
この特例により、農地の相続税評価額のうち一部に対応する相続税の納税が猶予される仕組みです。
特例を利用するための要件は別記事で詳しく解説しておりますので参考にしてください。
猶予されるのは「宅地期待益」に対応する相続税

この特例では、通常の方法による農地の評価額のうち、農業投資価格を超える部分に対応する相続税額が納税猶予の対象となります。
この超過部分は、一般に「宅地期待益」と呼ばれます。
対象となるのは、農業を営んでいた被相続人、または特定貸付け等を行っていた被相続人からの相続です。
一定の相続人が農地等を相続や遺贈で取得し、農業を営む場合または特定貸付け等を行う場合が該当します。
このとき、農業投資価格による価額を超える部分に対応する相続税額の納税が猶予されます。
農地の相続税評価額の扱いを、表で整理しておきましょう。
| 農地の相続税評価額の内訳 | 相続税の扱い |
|---|---|
| 農業投資価格による部分 | 通常どおり課税される |
| 農業投資価格を超える部分(宅地期待益) | 納税が猶予される |
(出典:国税庁「No.4147 農業相続人が農地等を相続した場合の納税猶予の特例」)
農業投資価格は耕作を続ける前提で評価した農地本来の価格

農業投資価格とは、恒久的に農業の用に供される農地等として取引される場合に通常成立する、農地等本来の価格をいいます。
土地評価審議会を経て、国税局長が決定する価格です。
農地は、宅地への転用の余地があると、その分だけ高く評価されます。
農業投資価格は、こうした転用の見込みを織り込まない、農業を続ける前提での価格です。
ただし、通常の相続税評価額そのものを置き換えるわけではありません。
納税猶予の特例において、猶予される相続税額を計算するために用いられる価格です。
農業投資価格は国税庁ホームページの「財産評価基準書 路線価図・評価倍率表」で、都道府県ごとに公開されています。
令和8年分の金額は次のとおりです。
| 都道府県 | 田 | 畑 | 採草放牧地 |
|---|---|---|---|
| 東京都 | 900千円 | 840千円 | 510千円 |
| 神奈川県 | 830千円 | 760千円 | 510千円 |
※10アール当たりの価格です。
(出典:国税庁「令和8年分 財産評価基準書」東京都・農業投資価格の金額表、神奈川県・農業投資価格の金額表)
農業投資価格は毎年公表され、金額が改定されることもあります。
相続が発生した年分の金額をご確認ください。
なお、ここでいう田とは用水を利用して耕作する農耕地、畑とは用水を利用しないで耕作する農耕地を指します。
採草放牧地は、主に採草や家畜の放牧に使われる農地以外の土地です。
いずれも現況で判断し、田と畑の地目の区分は不動産登記事務取扱手続準則に準じて行います。
宅地期待益は宅地に転用すれば高く売れるという潜在的な利益
宅地期待益とは、将来耕作をやめて宅地として転売した場合に見込まれる潜在的な利益をいいます。
農地のまま売るよりも高く売却できる、という想定にもとづくものです。
そして、この宅地期待益に対応する相続税額が、そのまま納税猶予額となります。
【計算例】納税猶予額は2通りの相続税の差額で求める

ここからは、具体的な数字を当てはめて納税猶予額を算出してみましょう。
納税猶予額は、通常の評価方法による相続税の総額から、農業投資価格による相続税の総額を差し引いた金額です。
そのため相続税を2通り計算し、その差額を求める流れになります。
計算の前提は神奈川県の畑1,000アール・評価額3億円

前提となる条件は次のとおりです。
| 項目 | 条件 |
|---|---|
| 農地の所在地 | 神奈川県 |
| 相続財産 | 農地のみ |
| 農地の地目 | 畑 |
| 農地面積 | 1,000アール(=10ヘクタール・100,000平方メートル) |
| 法定相続人 | 1人(納税猶予の特例の要件を満たしている) |
| 通常の評価方法による農地の評価額 | 3億円 |
※本記事の計算は簡略計算による概算です。
実際の税額は農地の評価方法やほかの相続財産によって変わります。
正確な金額については税理士へご確認ください。
※納税猶予額は本来、農業相続人が納付すべき相続税額をもとに計算します。
今回は法定相続人1人・相続財産が農地のみという前提のため、相続税の総額と一致します。
農地そのものの評価方法については別記事をご覧ください。
手順1|通常の評価方法による相続税の総額を求める

最初に求めるのは、特例を使わない場合の相続税です。
① 農地の評価額を確認する
今回の例では、通常の評価方法による農地の評価額を3億円とします。
② 課税遺産総額を算出する
3億円から基礎控除額を差し引きます。
基礎控除額とは、相続税の計算にあたって遺産総額から差し引ける金額のことです。「3,000万円+600万円×法定相続人の数」で求めます。
今回は法定相続人が1人ですので、基礎控除額は3,600万円です。
課税遺産総額は次のように計算します。
3億円 −(3,000万円+600万円×1人)= 2億6,400万円
③ 相続税の総額を算出する
課税遺産総額に相続税の速算表を当てはめます。
2億6,400万円は「2億円超3億円以下」の区分にあたるため、税率45%・控除額2,700万円が適用されます。
2億6,400万円 × 45% − 2,700万円 = 9,180万円
通常の評価方法による相続税の総額は、9,180万円になりました。
手順2|農業投資価格による相続税の総額を求める

次は、猶予される税額を求めるために、農地を農業投資価格で評価したものとして同じ計算を行います。
① 農業投資価格を調べる
神奈川県に所在する畑の令和8年分の農業投資価格は、10アール当たり760千円です。
※令和8年中に相続が開始した場合の価格です。
② 農地の評価額を算出する
農業投資価格に所有面積を乗じます。今回は1,000アールの畑ですので、次のようになります。
760千円 × 1,000アール ÷ 10アール = 76,000千円 = 7,600万円
③ 課税遺産総額を算出する
ここでも基礎控除額3,600万円を差し引きます。
7,600万円 −(3,000万円+600万円×1人)= 4,000万円
④ 相続税の総額を算出する
4,000万円は「3,000万円超5,000万円以下」の区分にあたるため、税率20%・控除額200万円が適用されます。
4,000万円 × 20% − 200万円 = 600万円
農業投資価格による相続税の総額は、600万円になりました。
手順3|差額の8,580万円が納税猶予額になる
最後に、手順1と手順2で求めた金額の差額をとります。
9,180万円 − 600万円 = 8,580万円
| 区分 | 相続税の総額 |
|---|---|
| 通常の評価方法による相続税 | 9,180万円 |
| 農業投資価格による相続税 | 600万円 |
| 納税猶予額(差額) | 8,580万円 |
今回の例では、8,580万円もの相続税について納税の猶予を受けられる計算です。
当面の納税額が600万円に抑えられることを考えると、特例の効果はかなり大きいといえるでしょう。
特例を受けるには期限内の申告と3年ごとの継続届出が必要

この特例は、要件を満たしていれば自動的に適用されるものではありません。
相続税の申告手続きと、猶予期間中の継続届出という2つの手続きが必要です。
相続税の申告期限は10か月以内、あわせて担保を提供する
相続税の申告書は、被相続人が死亡したことを知った日(通常は被相続人の死亡の日)の翌日から10か月以内に提出します。
あわせて、農地等納税猶予税額と利子税の額に見合う担保の提供が求められます。
担保は、特例の対象となる農地等でなくても差し支えありません。
ただし特例農地等のすべてを担保として提供した場合には、猶予税額と利子税の額に見合う担保の提供があったものとみなされます。
申告書に添付する書類は次のとおりです。
・農業委員会による相続税の納税猶予に関する適格者証明書
・担保として提供する財産の明細書、その他担保の提供に関する書類
・特定貸付け等を行っている場合は、その届出書
※相続の状況や農地の区分などにより、ほかの書類が必要になる場合があります。
納税猶予期間中は3年ごとに継続届出書を提出する
納税猶予を受けている間は、相続税の申告期限から3年ごとに継続届出書を提出します。
記載するのは、引き続き特例の適用を受ける旨と、特例農地等に係る農業経営に関する事項です。
継続届出書には、次の書類を添付します。
・農業または農地の貸付けを引き続き行っていることを証明する農業委員会の証明書
・特例農地等の異動明細書
・特例農地等に係る農業経営または農地の貸付けに関する明細書
この届出を怠ると、原則として特例の適用が打ち切られます。
3年という間隔は空きやすいため、忘れずに管理しておきたいところです。
農業相続人の死亡など3つの場合に猶予税額は免除される

納税猶予は文字どおりの「猶予」であり、そのままでは税金が消えるわけではありません。
ただし次のいずれかに該当したとき、農地等納税猶予税額は免除されます。
| 免除される場合 | 内容 |
|---|---|
| ① 農業相続人の死亡 | 特例の適用を受けた農業相続人が死亡した場合 |
| ② 後継者への生前一括贈与 | 特例農地等の全部を、租税特別措置法第70条の4にもとづき農業の後継者へ生前一括贈与した場合(特定貸付け等を行っていない農業相続人に限る) |
| ③ 20年間の営農 | 一定の市街化区域内農地等について、申告期限の翌日から農業を20年間継続した場合 |
(出典:国税庁「農地等についての相続税の納税猶予及び免除等のあらまし」PDF)
③の免除には、いくつか条件があります。
対象となるのは、平成3年1月1日において三大都市圏の特定市以外にある市街化区域内農地等です。
生産緑地等は含まれません。また、特例農地等のうちに都市営農農地等を有する農業相続人は対象外となります。
免除される範囲にも制限があります。
猶予税額の全額ではなく、対象となる農地に対応する部分だけが免除される仕組みです。
三大都市圏の特定市の区域内にある農地は、原則としてこの扱いを受けられません。
猶予が打ち切られると税額と利子税の納付が必要になる

免除に至る前に一定の事由が生じると、納税猶予は打ち切られます。
その場合、猶予されていた相続税額の全部または一部と、利子税をあわせて納付することになります。
納付が必要になる7つのケース

次のいずれかに該当すると、農地等納税猶予税額の納付が求められます。
- 特例農地等について譲渡等があった場合
- 特例農地等に係る農業経営を廃止した場合
- 継続届出書の提出がなかった場合
- 増担保や担保の変更を求められたにもかかわらず、その求めに応じなかった場合
- 都市営農農地等について、生産緑地法にもとづく買取りの申出があった場合
- 都市計画の変更等により、特例農地等が特定市街化区域農地等に該当することとなった場合
- 特例の適用を受けた準農地を、申告期限後10年を経過する日までに農業の用に供していない場合
※4の増担保とは、担保の価値が下がったときに追加の担保を求められることをいいます。
※5には、特定生産緑地の指定の解除があった場合も含まれます。
1つ目の「譲渡等」は、範囲が広い点に注意が必要です。
譲渡・贈与・転用のほか、地上権や永小作権といった権利の設定や消滅も含まれます。耕作を放棄した場合も同じ扱いです。
なお、ここでいう耕作の放棄とは、農地法第36条第1項の規定による勧告があったことを指します。
ただし、農地を譲渡したり貸し付けたりしても、納税猶予が続くケースがあります。
・区分地上権を設定しても、対象農地で引き続き耕作等を行う場合
・一時的に道路用地等へ貸し付ける一定の場合
・農地中間管理事業や都市農地の貸借に関する法律等にもとづく特定貸付け等を行う場合
・譲渡等の対価で代替の農地等を取得する見込みについて、税務署長の承認を受けた場合(買換え特例)
最後の買換え特例は、手続きの期限が短い点に気をつけてください。
申請書は、譲渡等のあった日から1か月以内に所轄税務署長へ提出します。
代替となる農地等の取得も、原則として譲渡等の日から1年以内が期限です。
農地を手放す可能性が出てきた段階で、早めに税理士へご相談ください。
農地の譲渡等が20%を超えると猶予税額は原則全額納付

納付する金額は、譲渡等をした農地の面積によって変わります。
| 譲渡等をした面積 | 納付する金額 |
|---|---|
| 特例農地等の面積の20%以下 | その割合に応じた猶予税額と利子税 |
| 特例農地等の面積の20%超 | 猶予税額の全額と利子税 |
(出典:国税庁「農地等についての相続税の納税猶予及び免除等のあらまし」PDF)
収用等による譲渡の場合も、割合に応じた納付にとどまります。
一方、農業経営そのものを廃止したときは、面積にかかわらず全額の納付が必要です。少しだけ手放すのと、農業をやめるのとでは扱いが大きく異なると考えてよいでしょう。
利子税は軽減され令和8年は年0.6%または年1.1%

納付する相続税額には、相続税の申告期限の翌日から納税猶予の期限までの期間に応じて利子税がかかります。
区分ごとの割合は次のとおりです。
| 区分 | 本則の割合 |
|---|---|
| 相続・遺贈により取得した日において都市営農農地等を有する農業相続人 | 年3.6% |
| 都市営農農地等を有しない農業相続人のうち、市街化区域内農地等に対応する部分 | 年6.6% |
| 同じく、上記以外の部分 | 年3.6% |
ここで見落とされやすいのが、利子税の軽減規定です。
各年の利子税特例基準割合が年7.3%に満たない場合、その年中は次の算式で計算した割合が適用されます。
年6.6%または年3.6% × 利子税特例基準割合 ÷ 7.3%
※0.1%未満の端数は切り捨て、算出された割合が年0.1%未満のときは年0.1%となります。
令和8年の利子税特例基準割合は年1.3%です。
この算式に当てはめると、実際に適用される割合は次のようになります。
| 本則の割合 | 令和8年に適用される割合 |
|---|---|
| 年3.6% | 年0.6% |
| 年6.6% | 年1.1% |
(出典:国税庁「延滞税の割合」「農地等についての相続税の納税猶予及び免除等のあらまし」PDF)
利子税特例基準割合は毎年見直されるため、実際の負担額は納付する年によって変わります。
令和7年までは平均貸付割合が低く、年3.6%の区分は年0.4%でした。
負担が軽い状態が続いているとはいえ、猶予税額そのものが大きければ利子税も相応の金額になります。
特例農地等を収用交換等により譲渡した場合には、利子税が0になる特例も設けられています。
対象となるのは令和13年3月31日までの譲渡です。
適用を受けるには、公共事業施行者が発行する証明書を添付した届出書を提出してください。
まとめ:農地の納税猶予は効果が大きいからこそ営農を続けられるかで判断する

農地を相続した場合、一定の要件を満たせば納税猶予の特例を適用できます。
猶予されるのは、通常の評価方法による相続税と農業投資価格による相続税との差額です。
今回の計算例では8,580万円という結果になりました。
ただし、この特例は使えば終わりではありません。
営農を続けること、3年ごとに継続届出を出すことが前提となります。
途中で要件を満たさなくなれば、猶予されていた税額と利子税をまとめて納めることになるためです。
つまり、判断すべきなのは「適用できるか」だけではありません。
この先20年、30年と営農を続けられるかまで見据える必要があります。
農地の評価、猶予額の試算、そして特例を使うべきかどうか。
迷われたときは、響き税理士法人へお気軽にご相談ください。

戸田譲三税理士事務所(現税理士法人みらいパートナーズ)、富士通株式会社 社内ベンチャー企業 勤務を経て2004年 桐澤寛興会計事務所 開業その後、2012年に響き税理士法人に組織変更。相続相談者様の悩みに寄り添うサービスを心がけている。


















