自筆証書遺言は、他の遺言と比べて作成費用が少額かつ手軽に作成することができます。自筆証書遺言のデメリットとして挙げられていたいくつかの事項(紛失・改竄などのリスクがある、裁判所による検認が必要)は、「自筆証書遺言保管制度」という制度の導入によってデメリットが大きく解消し、ますます使いやすくなっています。
自筆証書遺言を作成するにあたっては、「遺言は民法で定められた形式に沿わないと無効になる」という点に注意が必要です。ただ、「民法で定められた形式」は難しいものではなく、いくつかのポイントを押さえれば誰でも簡単に正しい自筆証書遺言を作成することができます。
この記事では、遺言の種類とそれぞれのメリット・デメリットを紹介した上で、自筆証書遺言の作成方法を具体的に解説します。最後に、「自筆証書遺言保管制度」の利用方法などを簡単に解説します。
目次
遺言と遺言書
遺言とは
遺言(いごん)とは、自分が持っていた財産の処分(「自宅の土地を〇〇に相続させる」や、「〇〇銀行の預金口座の残高をすべて××財団に寄附する」など)に関する被相続人の意思表示のことで、遺言者が亡くなったときから効力を生じます(民法985条)。遺言者が亡くなったときから効力を生じる意思表示であるため、遺言が改竄されたとしても遺言者自身が「この遺言は改竄されたものである」と主張することは不可能です。そのため、生者による意思表示に比べると、遺言は改竄や隠蔽などを受けやすい意思表示であるといえます。
そこで民法では、民法の定める様式に従っていない遺言を無効とした上で(民法960条)、遺言の方式を指定しています。なお、遺言の方式は前もって遺言を行う「普通方式」と、生命の危機に瀕した人が行う「特別方式」がありますが、この記事では主に普通方式について解説します。
遺言書とは
遺言書(いごんしょ)とは、遺言を記載した書面のことです。普通方式による場合、遺言は書面で行う必要があります。
普通方式における遺言の種類とメリット・デメリット
普通方式における遺言の種類は次の3つがあります。
- 自筆証書遺言
- 公正証書遺言
- 秘密証書遺言
以下、それぞれの遺言についての概要とメリット・デメリットを紹介します。
① 自筆証書遺言
自筆証書遺言は、遺言者自身が原則自書(手書き)で作成する遺言です。全文をパソコンで打った遺言や、日付の記載がない遺言、あるいは遺言者の印が押していない遺言は全て無効です(民法968条)。
自筆証書遺言は他の2つの方式と違って他人(公証人、証人)の関与を必要としませんが、遺言の執行をするためには家庭裁判所による検認が必要です。家庭裁判所による検認手続きが完了するためには1か月から2か月ほどの期間が必要で、その間は後続の手続きを進めることができません。
自筆証書遺言のメリットとデメリットは次のとおりです。
- 手続きに公証人が関与しないため費用がほとんどかからない
- 自分だけで作成及び書き換えができる
- 遺言の内容を秘密にできる
- 遺言書の保管方法が難しい
- 手書きで作成するのが面倒
- 民法に定められた形式を満たしていないとして無効となる恐れがある
- 遺言の執行に家庭裁判所の検認が必要
デメリットのうち「遺言書の保管方法が難しい」という点について、遺言書の保管場所を家族に明示してしまうと隠蔽や改竄を招く恐れがある反面、保管場所を誰にも知らせないと紛失や遺言書が発見されずに遺産分割が行われてしまう恐れがあるため、どのように保管するかは悩ましい問題です。このデメリットは、近年の法改正で「自筆証書遺言保管制度」という制度が導入されて遺言書を法務局の遺言書保管所で保管してもらうことが可能となったことで大きく解消しました。「自筆証書遺言保管制度」については、別のセクションでも紹介します。
また、デメリットのうち「手書きで作成するのが面倒」という点についても、近年の法改正で財産目録の手書きが不要となったため、少しデメリットが解消しました。たとえば登記された不動産について、従来はその不動産を特定するに足る情報(土地であれば所在・地番・地積・地目など、建物であれば所在・家屋番号・種類、床面積など)をすべて手書きする必要がありましたが、法改正後はその不動産の登記事項証明書の一部を財産目録として添付できるようになったため、これらを手書きする必要がなくなりました。
② 公正証書遺言
公正証書遺言は、遺言の趣旨(遺言したい内容)を遺言者が公証人に伝え、公証人がそれを文字に起こして作成する遺言です。作成には証人2人以上の立ち合いが必要ですが(民法969条)、遺言の執行をするために家庭裁判所による検認を経る必要はありません。
公正証書遺言のメリットとデメリットは次のとおりです。
- 遺言書の原本が公証役場に保管されるため、紛失や改竄、隠蔽が行われる危険性がない
- 趣旨を口述すれば公証人が文書にしてくれるため、手書きの手間がない
- 法律知識を有する公証人が作成するため、形式を満たしていないとして無効になる恐れがない
- 遺言の執行に家庭裁判所の検認は不要
- 手続きに公証人や証人が関与するため費用がかかる
- 自分だけで作成及び書き換えができないため、気軽に作成及び書き換えができない
- 遺言の内容を他人が知るところとなる
デメリットのうち「手続きに公証人や証人が関与するため費用がかかる」という点について、手続きに関する費用のうち公証人手数料は遺言書に書く財産の合計額や財産を譲り受ける人数によって変わります。
なお、公証人手数料は政令(公証人手数料令)で定められているため、どこの公証役場へ行っても同じ金額です。
また、デメリットのうち「遺言の内容を他人が知るところとなる」という点について、確かに公証人や証人は遺言の内容を知ることになりますが、彼らが遺言の内容を第三者へ漏らした場合は法的な制裁を受けることになるため、実質的に遺言の内容が公証人及び証人以外に伝わることはありません。
ここまでお読み頂いた方の中には、「自筆証書遺言と公正証書遺言のメリットとデメリットはお互いに対ではないか」と思われた方も多いと思います。まさにそのとおりで、「とにかく安く遺言書を作りたい」「気軽に遺言書を作りたい」という方は自筆証書遺言が向いていて、「費用がかかってもいいから安全な遺言書を作りたい」「手間なく確実な遺言書を作りたい」という方は公正証書遺言が向いています。
③ 秘密証書遺言
秘密証書遺言は、遺言者が作成した遺言書を封印し、公証人及び証人がその封紙に署名押印して作成する遺言書です。作成には証人2人以上の立ち合いが必要で(民法970条)、遺言の執行をするためには家庭裁判所による検認が必要です。
秘密証書遺言のメリットとデメリットは次のとおりです。
- 遺言の内容を秘密にできる
- 手書きによって作成する必要はない(全文パソコン打ちでも可)
- 遺言書が遺言者本人によって作成されたものであることが明確にできる
- 手続きに公証人や証人が関与するため費用がかかる(ただし公正証書遺言に比べると安価)
- 遺言書の保管方法が難しい
- 民法に定められた形式を満たしていないとして無効となる恐れがある
- 遺言の執行に家庭裁判所の検認が必要
秘密証書遺言は、自筆証書遺言と公正証書遺言の折衷案的性格を持つものですが、概してメリットに比べてデメリットの方が大きいため、ほとんど利用されていません。
自筆証書遺言の作り方
自筆証書遺言作成のポイント
作成のポイントは次のとおりです。
- 全て自筆で作成するのが原則(代筆は不可)
- 誰に、どの財産を譲り渡すかを明確に書く
- 訂正には厳格なルールがある
作成に必要なもの
作成にあたって最低限必要なものは次のとおりです。
- 自書するために必要なボールペンなど(鉛筆やフリクションボールペンなどの消すことが可能な筆記具では容易に改竄される恐れがあるので不可です)
- 遺言者の印(印鑑登録した印である必要はありませんが、いわゆる三文判は同じ陰影のものが大量に存在するため避けた方が無難です)
- 遺言を書く用紙(裏表に何も記載されていない白紙を使うとよいでしょう)
また、財産目録として登記事項証明書や預貯金通帳のコピーを使う場合は、これらのコピーを用意する必要があります。
なお、自筆証書遺言保管制度を利用する場合は用紙の指定(A4)や余白に関する決まりがあるので、これを守る必要があります。法務省のホームページに様式例がありますので、これをプリンターで印刷して利用されるとよいでしょう。
出典:【法務省公式サイト】自筆証書遺言書の注意事項及び様式例
自筆証書遺言の記載事項
自筆証書遺言に記載すべき事項は次のとおりです。一つでも漏れていると遺言が無効になるため、これらの事項の記載を漏らさないよう、十分な注意が必要です。
- 相続させるもしくは遺贈する財産が特定できる情報
- 上記の財産を相続もしくは遺贈により取得する人(財産を取得する人が推定相続人以外の場合は、その人の住所、氏名、及び生年月日)
- 遺言書の作成日付
- 遺言者の住所及び氏名
遺言執行者を選任した場合は、上記の他に遺言執行者の住所、職業、氏名、及び生年月日の記載も必要です。
自筆証書遺言の作成例
以上を踏まえて、次の事例における自筆証書遺言の作成例を紹介します。
- 遺言者は甲山太郎(昭和20年1月7日生まれ、東京都台東区浅草〇丁目1番1号)
- 遺言書の作成日は令和3年1月1日
- 遺言者の所有していた自宅の土地建物は全て遺言者の妻である甲山花子(昭和20年3月3日生まれ)に渡す
- 遺言者のA銀行の預金を全て遺言者の長女である乙川和美(昭和50年5月5日生まれ)に渡す
- 遺言者のB銀行の預金を全て遺言者の孫である乙川仁志(平成12年7月7日生まれ)に渡す
- 乙川和美と乙川仁志は、共に東京都世田谷区用賀1丁目〇番号に住んでいる
- 遺言執行者として弁護士の丙沢和寿(昭和45年9月9日生まれ、東京都豊島区駒込1丁目番×号)を選任する
上記の事例を遺言書の形にします。
まず、遺言書の本文を作成します。
次に別紙を作成します。代表で別紙1の作成方法を紹介しますが、別紙2と3の作成方法も同じです。
作成例におけるポイント
まず遺言書の本文について、財産を譲り受ける人が推定相続人である場合と推定相続人ではない場合で書き方が違う点がポイントです。推定相続人の場合は「相続させる」、推定相続人ではない場合は「遺贈する」と記載します。
次に別紙について、氏名を自書して押印する必要がある点がポイントです。別紙の自書押印は忘れがちですのでお気をつけください。
訂正したい場合
遺言書の記載を訂正したい場合は、変更箇所を示して変更した旨を記載した上で署名し、変更箇所に押印する必要があります。
- 「不動産」に二重線を引いた上で、吹き出しを使って「預金」と書く
- 上記の訂正箇所に押印する
- 遺言書の署名欄の下に、「上記3中、3字削除2字追加 甲山太郎」と手書きで書く
遺言執行者の選任
「遺言執行者」は、遺言の内容を執行(実行)する人のことです。成人でかつ破産者でなければ誰でも遺言執行者になることが可能ですが、実際は相続人の誰か、もしくは法律の知識を持った第三者(弁護士・司法書士など)を遺言執行者とするケースがほとんどです。
遺言執行者を選任するメリットは、煩雑な相続手続きを遺言執行者が引き受けてくれることです。未分割の相続財産は相続人の共有であるため(民法898条)、相続財産について何かの手続きをしようとするたびに相続人全員の承諾と承諾書が必要です。相続人の数が多く、それぞれの居住地域が異なる場合は、承諾書の収集だけでもかなりの手間が必要です。その点、遺言執行者を選任しておけば、相続財産にかかる手続きは遺言執行者が行ってくれるため、相続人の負担を減らすことができます。
また、相続人ではない人に対して不動産を遺贈する場合の登記手続きにつき、遺言執行者が選任されていなければ相続人全員を登記義務者(登記によって権利を失う者)としなければならないため、相続人のうちに一人でもこの遺贈に反対をする人がいれば登記申請の手続きをスムーズに行うことができません。この点、遺言執行者を選任しておけば遺言執行者を登記義務者として登記申請の手続きを行うことができるため、故人の意思を確実に速やかに実現できるようになります。
自筆証書遺言保管制度
最後に、自筆証書遺言保管制度について簡単に紹介します。
制度概要
自筆証書遺言保管制度は、2020年7月に施行された新しい制度で、自筆証書遺言を法務局で保管する制度です。この制度を導入することで、遺言者の最終意思の実現や相続手続きの円滑化といった効果が期待されています。
利用するメリットと手数料
自筆証書遺言保管制度を利用するメリットは、遺言書を法務局で保管するため紛失や改竄の危険性がないことと、自筆証書遺言保管制度を利用した場合は家庭裁判所による検認が不要なことです。
遺言書の保管の申請に必要な手数料は3,900円で、遺言書の閲覧の請求に必要な手数料は1,700円もしくは1,400円です。
利用手続き
自筆証書遺言保管制度を利用して遺言書の保管をしてもらうためには、法務局へ保管の予約を入れた上で、遺言書、保管申請書、手数料、本人確認書類を持って法務局へ出向く必要があります。
まとめ
以上、自筆証書遺言について解説しました。ポイントさえ押さえれば、自筆証書遺言の作成はさほど難しくないことがお分かり頂けたかと思います。
「大した財産は持っていない」という方であっても、遺される家族のためにも、ぜひ自筆証書遺言を作成することをお勧めします。
戸田譲三税理士事務所(現税理士法人みらいパートナーズ)、富士通株式会社 社内ベンチャー企業 勤務を経て2004年 桐澤寛興会計事務所 開業その後、2012年に響き税理士法人に組織変更。相続相談者様の悩みに寄り添うサービスを心がけている。