相続が発生すると様々な方面で手続きが必要になります。その際に「遺産分割協議書」を求められることが多く、必要な場合はこれがないと手続きを進められません。
複数相続人間の意見を調整するために作成するものというイメージがある遺産分割協議書ですが、相続人が一人となる場合も必要になるのでしょうか。「相続人が一人」の意味を広く捉えると、必要でないケースと必要になるケースが出てくるので、本章で見ていきたいと思います。
目次
相続人が一人の場合基本的に遺産分割協議書は不要
まず、相続人が一人の場合は遺産分割協議そのものが不要ですので、協議書の作成は基本的に必要ありません。遺産分割協議は複数相続人がいる場合に、それら当事者がどの財産に対してどの程度の権利を有するのかを調整するために行います。そしてその合意事項を書面化したものが遺産分割協議書となるわけです。
書面化された遺産分割協議書を確認し、不動産や預貯金の権利を取得できる人物が誰であるのか確認し、さらに当事者全員の同意があることを証する印鑑証明や押印を確認したうえで手続きを進めなければならず、そのために遺産分割協議書が必要になるわけですね。相続人が一人であれば他者の権利を侵害することもありませんし、権利者はその相続人一人だけですから、遺産分割協議書の作成は必要ないのです。
相続人が一人になるケースは複数ある
では相続人が一人になるケースを確認しますが、これには以下のように複数のパターンがあります。
最初から法定相続人が一人
まずはその事案における法定相続人となる者が一人しかいない場合、必然的にその者一人だけが相続人となります。
他の相続人が全員相続放棄をした
次に、他の相続人が全員相続放棄をした場合です。相続放棄をした者はその事案において最初から相続人ではなかったものとみなされます。
他の相続人が欠格や排除などで全員相続権を失った
欠格とは、遺言書を偽造したり、詐欺や脅迫によって遺言書を書かせたり、被相続人または相続人を殺害しようとして刑に処せられるなどの行為があった場合に相続権をはく奪されるというルールです。
排除は被相続人を虐待したり、重大な非行があったような場合に家庭裁判所で手続きを取るか、遺言書の指示によってその者の相続権をはく奪できるルールをいいます。欠格や排除によって他の相続人全員が相続権を失い、相続人が一人だけになるということもあり得ます。
遺言書で特定の一人に相続させると記載がある
遺産の分配は基本的に被相続人が自由に決めることができるので、特定の一人に遺産を全て承継させることもできます。その場合、相続人全員の同意があれば遺産分割協議が可能ですが、遺言書で遺産承継を指示された相続人が協議を断れば遺言書が優先されるので、結果として遺産を承継できるのはその一人の相続人だけとなり、そうなれば遺産分割協議書の作成も不要です。
ただしその場合でも、配偶者や子、直系尊属には遺留分があるので、別途遺留分侵害額請求を行って遺留分を取り戻すことができます。
以上見てきたのは、遺産を承継できる相続人が一人になる場合で遺産分割協議書の作成が不要になるパターンです。次の項では、遺産分割協議書の作成が必要になるケースを見てみます。
相続人が複数いて特定の一人だけが遺産を承継する場合
複数の相続人がいて遺言書が残されていなかった場合、遺産の取り分は基本的に法定相続分で処理されます。もし法定相続分とは異なる取り決めとする場合は、遺産分割協議書の作成が必要になります。あるいは遺言書が残されていた場合でも、遺言内容とは異なる分割とすることに相続人全員が同意するならば遺産分割協議は可能ですので、その場合は協議書の作成を行います。そして、遺産分割協議で取り決める内容として、誰か特定の相続人に全遺産を承継させるということも可能です。
何らかの事情で特定の一人だけが全遺産を承継する場合、遺産分割協議書の作成においてはいくつかの注意点があります。これを次の項で見ていきます。
特定の一人が遺産を承継する場合の遺産分割協議書作成のポイントと注意点
特定の一人が遺産の全てを承継する内容の遺産分割協議書作成を考える場合、「相続人〇〇が全ての相続財産を相続する」という一文を記し、他の相続人も含めて全員の署名押印をすれば効力的には問題なさそうにも思えます。しかし、そのような単純な構成だと後でトラブルになる可能性があるので、以下の点に留意しながら作成するようにしてください。
① 財産の名目は個々に記載する
一つ目のポイントは、「すべての財産を~」のように省略せず、現預金や不動産、有価証券、貴金属類などの相続財産を個々に列挙し、その列挙された財産について合意したのだと分かるようにしておきます。
他の相続人が後から「そんな財産があるのならやっぱり俺も欲しい」というようなことになるとトラブルになるので、合意した財産の内容がすべて分かるように列挙しておきましょう。
② 後で他の遺産が発見された場合の承継先を決めておく
これは通常の遺産分割協議書の作成においても考慮されるものですが、協議が終わった後にもし別の遺産が発見された場合、誰がそれを取得するのかという問題が生じます。
こうした事態に備えて、協議後に新たに発見された遺産を誰が取得するのかについて、独立した条項を設けて記載しておきましょう。
③ 被相続人の債務の負担に関する取り決めを記載する
故人に借金などマイナスの財産がある場合、その債務負担は各相続人の法定相続分に応じて自動的に割り振られます。遺産を取得しない相続人がこの負担を逃れたいのであれば、故人の借金などマイナスの財産に関する責任についても遺産を取得する相続人に帰属させる旨を記載しておきましょう。
ただし、債務負担に関する合意は相続人間にしか効力を持たない点に注意してください。協議で特定人に責任を集中させた場合でも、債権者は各相続人に対し、法定相続分に応じた額の債務弁済を求めることができます。
それでも、遺産分割協議の中で合意がある場合、子は配偶者に対して求償することができます。もちろん配偶者が自主的に全額を弁済すれば何の問題もありません。
まとめ
本章では相続人が一人の場合に遺産分割協議書が必要かどうか見てきました。相続人が一人の場合は、その者だけが権利者となるので基本的に遺産分割協議書の作成は必要ありませんが、遺言書による指示の場合は遺留分に関して注意を要します。
複数相続人がいて協議によって遺産の承継者を一人に絞る場合は、遺産分割協議書の作成が必要になることがあり、その際には記述の仕方にいくつかのポイントがあります。トラブルを防ぐためにも上述したポイントに留意して作成するようにしてください。
戸田譲三税理士事務所(現税理士法人みらいパートナーズ)、富士通株式会社 社内ベンチャー企業 勤務を経て2004年 桐澤寛興会計事務所 開業その後、2012年に響き税理士法人に組織変更。相続相談者様の悩みに寄り添うサービスを心がけている。