遺留分侵害額請求権とは、最低限の相続分を侵害された人がその補償を求める権利です。遺留分侵害額請求権の税務上の注意点は次のとおりです。
- 請求権が行使中であって相続税の申告期限までに話し合いや調停などがまとまらなくても、申告期限までに相続税の申告をする必要がある点
- 請求した人は、請求により資産を取得した場合は相続税の修正申告を行う必要がある点
- 請求により取得した資産が不動産の場合、不動産取得税と登録免許税がかかる点
- 請求された人は、相続税の更正の請求をすることで過大に納付した相続税を取り戻すことができるが、その更正の請求には期限がある点
- 請求により引き渡した資産について譲渡所得税がかかる可能性がある点
この記事では、これらの注意点について詳しく解説します。
目次
遺留分侵害額請求権とは
「遺留分」とは
遺留分(いりゅうぶん)とは、相続財産を分けるにあたって、最低限の取り分として相続人(被相続人の兄弟姉妹を除きます)に保障されている割合のことをいいます。
被相続人は遺言で「誰にどの財産を渡すか」を自由に指定することができ、その指定は法律で決められた相続割合に優先します。ただ、相続財産は残された家族の生活保障という性格を持っていることから、遺言のとおりに遺産分割がされると残された家族が今後の生活に著しく支障をきたすケースも想定されます。
相続財産の形成には被相続人の配偶者も少なくない貢献をしたと考えられるにもかかわらずそのような結果になるのは、著しく不公平です。そこで、民法では遺留分の規定をもうけ、被相続人の配偶者などがそのような不公平に直面したときは、財産を取得した人に対して遺留分を侵害されたことに対する補償を求めることができるとしています。
- 遺留分は、直系尊属(被相続人の父母・祖父母)のみが相続人であるときは3分の1、それ以外の場合は2分の1で計算します。相続人が複数いるときはその計算された金額を法定相続分で按分した割合が個々人の遺留分となります。
ご参考に、遺留分について規定した民法の条文(民法1042条)を紹介します。
兄弟姉妹以外の相続人は、遺留分として、次条第一項に規定する遺留分を算定するための財産の価額に、次の各号に掲げる区分に応じてそれぞれ当該各号に定める割合を乗じた額を受ける。
一、 直系尊属のみが相続人である場合 三分の一
二、 前号に掲げる場合以外の場合 二分の一
- 相続人が数人ある場合には、前項各号に定める割合は、これらに第九百条及び第九百一条の規定により算定したその各自の相続分を乗じた割合とする。
遺留分減殺請求権と遺留分侵害額請求権
「遺留分を侵害されたことに対する補償を求める権利」は、かつては「遺留分を侵害された分だけ財産を取り戻す」という性格の権利であったため、「遺留分減殺請求権」と呼ばれていました。それが、平成30年の民法改正により「遺留分を侵害された分の保障を金銭で請求する」という性格の権利に変わったため、呼び方も「遺留分侵害額請求権」となりました。
なお、遺留分侵害額の請求は「することができる」という規定なので、遺留分を侵害されたことが分かったとして請求をしないことも可能です。ただ、遺留分を侵害する贈与や遺贈があったことを知ってから1年を経過すると行使することができなくなるため、「行使するかどうかはあとで考えよう」と棚上げするとうっかり期限を過ぎてしまう可能性もあるので注意が必要です。
ご参考に、遺留分侵害額の請求(民法1046条)と、遺留分侵害額請求権の期間の制限(民法1048条)について規定した民法の条文を紹介します。
相続税の申告期限までに遺留分侵害額請求権が行使されている場合の対応
ここまで遺留分及び遺留分侵害額請求権に関する民法の規定を紹介しました。これらの規定を踏まえて、ここからは遺留分侵害額請求権の行使に関する税務上の留意点について、相続税を中心に紹介します。
期限内申告の必要性
まず気を付けたいのは、遺留分侵害額請求権が行使された、あるいは行使される見込みがある状態であったとしても、申告期限(相続があった日から10か月以内)までに相続税の申告を行う必要があるという点です。
相続税法では、遺留分侵害額請求権が行使されたあるいは行使される見込みがある状態であったとしても、いったんはそれらがないものとして申告納付を行い、遺留分侵害額請求権に基づいて金銭などのやり取りが行われたらその後で各人の相続税額を清算するというルールを定めています。したがって、遺留分侵害額請求権が行使されたあるいは行使される見込みがあることを理由に申告期限までに申告をしないと無申告となり、無申告加算税や延滞税といったペナルティーを課せられることになります。
さらに、申告期限までに申告をしない場合は、「小規模宅地等の特例」の適用を受けることができなくなります。この特例は、自宅や事業用の土地に対する相続税の税額を大幅に軽減できる規定であるため、この特例の適用を受けられなかった場合の金銭的ダメージがかなりの金額になるケースも多くみられます。
正味の相続財産がこの宅地のみで、相続人が被相続人の子ども1人のみだとした場合、小規模宅地等の特例の適用を受けた場合と受けない場合の相続税額は次のとおりです。
課税される金額の計算式 | 課税される金額 | 税 額 | |
適用あり | 2億円×20%-3,600万円 | 400万円 | 40万円 |
適用なし | 2億円-3,600万円 | 1億6,400万円 | 4,860万円 |
差 額 | – | 1億6,000万円 | 4,820万円 |
このケースでは、小規模宅地等の特例の適用を受ければ、相続税額が4,820万円減ります。逆に言えば、申告期限までに申告をしないと、本来は支払わずに済んだ4,820万円を支払う必要が生じます。これで、申告期限までに申告をして小規模宅地等の特例の適用を受けることの重要性がお分かりいただけたのではないでしょうか。
なお、小規模宅地等の特例と並んで相続税額を大幅に減額できる規定の代表例である「配偶者の税額の軽減」という規定も、適用を受けるためには申告が必要です。ただ、この規定は期限内申告だけでなく、期限後申告、修正申告、あるいは更正の請求であっても適用を受けることができますので、小規模宅地等の特例ほど神経をとがらせる必要はありません。
期限内申告の方法
それでは、遺留分侵害額請求権が行使された場合の相続税申告書はどのように作成すればよいでしょうか。次のケースを元に紹介します。
- 被相続人には配偶者と子どもが1人いる
- 被相続人の遺言書には、「自宅の土地建物と預貯金をすべて配偶者である妻に相続させる」との記載がある
- 被相続人の子どもはこの遺言書の内容に不満を持ち、被相続人の配偶者に対して遺留分侵害額請求をする内容証明郵便を送ったが、被相続人の配偶者は何らの反応を示していない
- 被相続人が所有していた資産は自宅の土地建物と預貯金のみであり、自宅の土地(200平米)の相続税評価額(小規模宅地等の特例の適用を受ける前)は2億円、建物の評価額は1億円、預貯金の額は5,000万円である
まず、相続税の申告書を提出しなければならないのは「相続又は遺贈により財産を取得した者」とされていることから(相続税法27条)、相続人だったとしても財産を取得していない人は相続税の申告書を提出する義務はありません。このケースだと、相続税の申告書を提出する必要があるのは被相続人の配偶者のみです。
次に具体的な申告作業に入ります。先に述べたとおり、相続税の申告は遺留分侵害額請求がされていたとしてもそれがなかったものとして行いますから、被相続人の配偶者が全ての財産を取得したものとして相続税の計算を行います。
自宅用の土地は小規模宅地等の特例の適用を受けることで課税される金額が相続税評価額の2割相当額となりますから、被相続人の正味の財産は土地が4,000万円、建物が1億円、預貯金が5,000万円の計1億9,000万円です。この金額から基礎控除額である4,200万円(3,000万円+法定相続人の数×600万円で計算します)を引いた1億4,800万円が1億6,000万円よりも小さいため、配偶者の税額の軽減(相続税法19条の2)の適用を受けることで、配偶者が納付すべき相続税額は0円となります。
以上の計算の過程などを記載した申告書と添付書類が用意できたら、申告期限までに税務署へ提出します。なお、先に述べたとおり、小規模宅地等の特例と配偶者の税額の軽減の適用を受けるためには申告が必要ですから、納税額が0円であっても申告書の提出は必要です。
請求権の行使をした場合における税務上の注意点
ここまでは、相続または遺贈により財産を受けた人による相続税の期限内申告について紹介しました。次は、遺留分侵害額請求権を行使し、相手方から金銭または資産を取得した場合における税務上の注意点を紹介します。
なお、民法1046条に「遺留分権利者・・・は、受遺者・・・又は受贈者に対し、遺留分侵害額に相当する金銭の支払を請求することができる」とあるため、遺留分侵害額請求権の行使を受けた人は金銭によってその弁済を行う必要があると思われるかも知れませんが、この場合であっても債権者と債務者の合意があれば金銭に代えて金銭以外の資産(不動産など)による弁済(代物弁済、民法482条)を行うことも可能です。
金銭を受け取った場合
遺留分侵害額請求権の行使によって債務者から金銭を受け取った債権者は、「相続又は遺贈により財産を取得した者」に該当することとなるため、原則として相続税の修正申告を行う必要があります。
相続税の当初申告(期限内申告)のときには受け取る財産がなかったため申告を行わなかった場合は、この修正申告に対して無申告加算税や延滞税は課されませんが、修正申告により生じる相続税額を納期限までに納付をしないと延滞税が発生するので注意が必要です。
金銭以外の資産を受け取った場合
金銭以外の資産を受け取った場合であっても、金銭を受け取った場合と同じく原則として相続税の修正申告を行う必要があります。金銭以外の資産を受け取った場合の税務上の留意点は次のとおりです。
- 相続税の留意点(小規模宅地等の特例の適用を受けられない)
- 不動産取得税の留意点(不動産取得税が課税される)
- 登録免許税の留意点(相続による移転よりも登録免許税率が高い)
以下、それぞれの留意点について解説します。
相続税の留意点(小規模宅地等の特例の適用を受けられない)
まず相続税の留意点としては、金銭以外の資産として自宅の土地などを受け取ったとしても、修正申告において小規模宅地等の特例の適用を受けられないという点です。
上で紹介したように、小規模宅地等の特例は相続税額を大きく減らす効果を持っているので是非とも適用を受けたいところです。ただ、残念なことに、小規模宅地等の特例は「相続または遺贈により取得」した場合にのみ適用があるところ、遺留分侵害額請求権の行使によって土地を取得することは「代物弁済による譲渡」により取得したものと考えるため、小規模宅地等の特例の適用を受けることはできません。
国税庁ホームページに掲載されている質疑応答事例にも同様の事例があります。
不動産取得税の留意点(不動産取得税が課税される)
まず不動産取得税について紹介します。不動産取得税とは、その名のとおり不動産(土地・建物)の取得に対して課される税金です。根拠法令は地方税法で、その不動産の所在する都道府県が不動産の取得者に対して課税を行います。要件は「取得」ですから、売買による取得だけではなく、贈与による取得や交換による取得も原則として不動産取得税が課されます。
ところで、地方税法の規定によれば、相続(包括遺贈及び被相続人から相続人に対してなされた遺贈を含む)による不動産の取得については、不動産取得税を課すことができません(地方税法第73条の7第1号)。民法改正前は、遺留分による不動産持分の取得を相続の延長線上にあると考える向きもありましたが、民放改正後は遺留分減殺請求権という金銭債権を行使した債権者が、金銭に代わって不動産の給付を受けることになったため、もはやこの取得を「相続の延長線上にある」と考えることはできなくなりました。
つまり、遺留分侵害額請求権の行使によって不動産を受け取った場合は、受け取った人に不動産取得税が課されます。課される不動産取得税の金額は、固定資産課税台帳に登録されている価格の4%であることが原則です。
固定資産課税台帳に登録されている価格が1億円の土地を遺留分侵害額請求権の行使によって受け取った場合は、受け取った人に対して400万円の不動産取得税が課せられます。もっとも、不動産取得税は各種の軽減措置がもうけられています。
先ほどの土地が宅地の場合は、原則にかかわらず、実際の不動産取得税の金額は150万円(1億円×2分の1×3%で計算します)となります。
登録免許税の留意点(相続による移転よりも登録免許税率が高い)
次に登録免許税について紹介します。売買、相続、贈与などによる所有権の移転の登記などの申請をする場合は、登録免許税法で定められた登録免許税を納付する必要があります。登録免許税は相続を原因とする所有権移転登記の場合でも課税されますが、その税率は代物弁済を原因とする所有権移転登記の場合と比べるとかなり優遇されています。
具体的には、相続を原因とする所有権移転登記の場合の登録免許税率は固定資産課税台帳の価格の0.4%で、代物弁済を原因とする所有権移転登記の場合の登録免許税率は固定資産課税台帳の価格の2.0%です。
受け取った資産を売却した場合
以上、遺留分侵害額請求権の行使によって債務者から金銭または金銭以外の資産を受け取った場合の留意点を紹介しました。次に、金銭以外の資産を受け取ったあとでその資産を売却した場合の税務上の注意点を紹介します。
一般に、資産を売却した場合は、取得費(資産を取得したときに支払った金額など)に売却経費を足した金額から売却額を引いた金額(つまり売却益)に対して所得税が課税されます。この取得費の計算について、遺留分侵害額請求権の行使によって金銭以外の資産を取得した場合は、その取得で消滅した遺留分侵害額請求権の額がその資産の取得費となります(所得税法基本通達38-7の2)。
それでは、遺留分侵害額請求権の額が2,000万円あった場合において、その行使によって時価2,500万円の土地を受け取り、債権額と釣り合いをとるために現金500万円を支払ったときは、その土地の取得費はいくらでしょうか。
「時価2,500万円の土地なのだから取得費も2,500万円ではないか」と思われた方は、正解です。この場合の取得費は消滅した遺留分侵害額請求権の額の2,000万円と支払った500万円との合計である2,500万円です。この計算を誤ると、受け取った資産を売却したときの譲渡所得の計算を間違えることになるので注意が必要です。
なお、所得税法基本通達38-7の2について、国税庁が趣旨説明の文書を作成していますのでご参考としてください。
出典:
【国税庁公式サイト】所得税法基本通達38-7の2 趣旨説明の文書 pdf
以上、請求権の行使をした場合における税務上の注意点を紹介しました。次に、請求権の行使を受けた場合における税務上の注意点を紹介します。
請求権の行使を受けた場合における税務上の注意点
金銭を支払った場合
遺留分侵害額請求権の行使を受けたことによって債権者へ金銭を支払った債務者は、当初申告のときよりも相続により取得した財産が減ることになるため、いったん納付した相続税額を取り戻すことができます。(この取り戻す手続きを「更正の請求」といいます)。
更正の請求は、遺留分侵害額の請求に基づき支払うべき金銭の額が確定した日から4か月以内に行う必要がある点は注意が必要です。やっとの思いで遺留分侵害額の支払いを行った方にとっては更なる手続きがあるのは酷かも知れませんが、「4か月」という期間は長いようで短いので、支払った税金を取り戻すためにも早めに更正の請求の手続きを行うことをおすすめします。
金銭以外の資産を引き渡した場合
遺留分侵害額請求権の行使を受けたことによって債権者へ金銭以外の資産を引き渡した債務者は、金銭を支払った場合と同じく更正の請求をすることで過大に納付した相続税額を取り戻すことができます。
ただ、金銭以外の資産を引き渡した場合の税務上の注意点は相続税だけでは終わりません。資産を引き渡したことにより消滅した遺留分侵害額請求権の額でその資産を譲渡したものとして、譲渡所得税の申告と納付が必要となる可能性がある点も注意が必要です(所得税基本通達33-1の6)。
この土地の取得費が400万円で譲渡費用が100万円だった場合、差し引き1,500万円に対して譲渡所得税が課税されます。相続税を支払った上に所得税まで支払わなければならないのは理不尽なようですが、時価2,000万円の土地を第三者に2,000万円で売却して資金を作った上で債権者へ現金2,000万円を支払う場合は第三者への売却に対して所得税が課税されることを考えると、「同じ経済的効果には同じ課税」という観点からは理にかなった税制といえます。
民法第1046条第1項の規定による遺留分侵害額に相当する金銭の支払請求があった場合において、金銭の支払に代えて、その債務の全部又は一部の履行として資産(当該遺留分侵害額に相当する金銭の支払請求の基因となった遺贈又は贈与により取得したものを含む。)の移転があったときは、その履行をした者は、原則として、その履行があった時においてその履行により消滅した債務の額に相当する価額により当該資産を譲渡したこととなる。
当初申告期限までに宅地を引き渡した場合の注意点
最後に、金銭以外の資産として宅地を引き渡したときの注意点を紹介します。小規模宅地等の特例の適用を受けるための要件の一つに、「その宅地を相続税の申告期限まで保有すること」というものがあります。
相続税の申告期限までに代物弁済としてその土地を引き渡してしまうとこの要件を満たせず、小規模宅地等の特例の適用を受けることができなくなるため注意が必要です。
まとめ
以上、遺留分侵害額請求権について、請求をしたときとされたときの税務上の注意点を解説しました。
必要な手続きを期限までに行わないと権利を失ってしまうことも多いので、お近くの税理士に相談されることをおすすめします。
戸田譲三税理士事務所(現税理士法人みらいパートナーズ)、富士通株式会社 社内ベンチャー企業 勤務を経て2004年 桐澤寛興会計事務所 開業その後、2012年に響き税理士法人に組織変更。相続相談者様の悩みに寄り添うサービスを心がけている。
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