日本の相続事案は多くの場合、現金の他に不動産も相続財産となることが多いという特徴があります。我が国の相続に関するルールでは、相続人同士で話し合いどの財産を誰が承継するか決めることができますし、トラブル回避を考えて相続が起きる前から関係者間で遺産の配分について話し合っておくということもできます。
本章では相続財産として受け取る場合、現金と不動産だったらどちらが良いか解説していきますので参考になさってください。
目次
この記事の監修者
税理士 桐澤寛興
戸田譲三税理士事務所(現税理士法人みらいパートナーズ)、富士通株式会社 社内ベンチャー企業 勤務を経て2004年 桐澤寛興会計事務所 開業その後、2012年に響き税理士法人に組織変更。相続相談者様の悩みに寄り添うサービスを心がけている。
お得度合いで考えると現金よりも不動産が有利
相続財産として受け取ることを考えた場合、相続税の負担は現金よりも不動産の方が軽くなるので、どちらがお得かという観点で見ると不動産の方に分があると言えます。なぜ不動産の方が税金が軽くなるのかというと、相続税の計算の仕組み上、不動産の方が評価額が下がるからです。相続税を計算するためには全ての相続財産を数値にして算定する必要があり、不動産の他に株式などの有価証券や庭に生えている立木なども計算対象として数値化することになっています。
このルールを定めたのが「財産評価基本通達」と呼ばれるものです。これによると現金や預金はそのままの価額で評価するのですが、不動産については別途計算方法が決められており、時価よりも概ね二割~三割程度は評価額が下がるようになっています。低い評価額によって相続税を計算するので、その分税金の負担が下がるというわけですね。評価が下がるのはあくまで相続税の計算上の話であって、市場価値が下がるわけではありません。
また後述しますが、相続税の計算においては特別に減額評価が可能な特例も用意されており、これを利用できればさらに評価額を下げることができ、相続税の負担軽減度合いを強めることが可能です。ただ、実際には相続税のことだけを考えるわけにはいきません。現金または不動産を相続することについてはそれぞれメリットやデメリットがありますから、これらを踏まえて、自分にとってはどちらが好ましいのか考える必要があります。次の項からはこの点について見ていきます。
不動産を相続するメリット
まずは不動産を相続することのメリットから見ていきます。
① 現金よりも評価額が低くなる
まずは冒頭でもお話ししたように、財産評価の際に計算上で減額されることから、相続税の負担を下げることができます。
土地については大きく路線価と倍率方式の二種類の評価法があり、路線価は基本的に時価より二割程度安くなるように設定されます。倍率方式は市区町村が定める固定資産税評価額に一定の倍率を掛けて求める簡易な計算方式ですが、基準となる固定資産税評価額がそもそも時価よりも三割程度低くなるように設定されています。
家屋については基本的に上記の固定資産税評価額そのままで評価されるので、こちらも相続税評価としては時価よりも安くなります。これに加えて、人に貸している土地や建物などで所有者の自由な利用が制限される場合、その分評価を下げる計算などもできますから、この場合はさらに税負担を下げることができます。
② 小規模宅地の特例がある
相続税の計算においては、一定の条件を満たす場合に利用できる「小規模宅地の特例」があります。前述のとおり特例が使えなくても不動産は評価を減額計算できるうえに、本特例が利用できればさらに大幅な減額評価が可能です。
この特例は家屋には使えず土地のみに使えるもので、一定条件を満たす土地については最大80%も評価額を下げることができます。これについても市場価値が下がるわけではなく、あくまで税金の計算上の話ですので安心してください。
小規模宅地の特例が使えるのは以下四種類の土地に限られ、それぞれ減額できる割合や適用される面積の上限が異なります。
土地の種類 | 土地の用途概要 | 適用面積の上限 | 減額割合 |
---|---|---|---|
特定居住用宅地等 | 被相続人等の居住の用に供されていた宅地等 | 330㎡ | 80% |
特定事業用宅地等 | 貸付け以外で被相続人等の事業の用に供されていた土地 | 400㎡ | 80% |
特定同族会社事業用宅地等 | 一定の法人に貸し付けられ、その事業の用に供されていた土地 | 400㎡ | 80% |
貸付事業用宅地等 | 一定の貸付け事業の用に供されていた土地 | 200㎡ | 50% |
この特例は細かい条件を満たす必要があり、素人の方には判断が難しいので、相続税に詳しい税理士に相談するようにしてください。本特例について詳しくは以下で確認できます。
国税庁公式【小規模宅地等の特例】:
不動産を相続するデメリット
次に、不動産を相続する場合のデメリットを見てみましょう。
① 不動産は分割が難しい
実際の相続事案における遺産は多くの種類で構成されているので、それらを全て対象にして遺産の取り分を考えなくてはなりません。複数の相続人間でそれぞれの相続分を満たすことを考えた時、現物分割として不動産をそのまま承継できればひとまずは問題ありません。
しかし他の相続人の相続分を満たせない場合、不動産を換価処分して売却代金を分け合う必要があったり、別途自分の財産から代償金を支払って調整が必要になったりすることがあります。
不動産は物理的に切り分けるということができないので、分割が難しいことから問題になることが多いのです。土地の場合は分筆といって区画を分けて別々の所有権者を設定することもできなくはないのですが、税金面や土地の使いづらさに有利不利が出るなどこれも一筋縄にはいかないことが多いです。総じて不動産は分割が難しい性質があるので、現金に比べると問題が生じやすい財産と言えます。
② 共有となる場合はリスクが生じる
どうしても分割が難しい場合、不動産は共有とすることも可能です。複数人で共有することができるので、落ち着くまでの間は相続人同士で共有とする選択もできます。ただし不動産の共有はリスクが生じるため通常はお勧めされません。
共有状態となった不動産はいざ利活用を考えた時に権利者同士の意思がかみ合わず、望ましい利活用ができないことがあるからです。共有されている不動産に対し、各共有者は必要な修理などの「保存行為」についてはそれぞれ単独で実行可能です。しかし他人に貸して利益を得るなどの「管理行為」については共有持ち分の過半数の賛成が必要で、大規模な増改築や売却などの「変更行為」は全共有者の同意がなければ実行できません。
不動産の共有持ち分はそれ自体を売却することも不可能ではありませんが、持ち分だけを買い取っても上記の理由から自由な利用が制限されるため利用価値が薄く、買取に応じるのは限られた不動産業者になるでしょう。そして売却できたとしても、利用価値が低い分かなり安く買われることになります。
現金を相続するメリット
では次に、現金を相続することのメリットを見てみます。
① 分割がしやすい
現金は1円単位で分割ができますから、複数人間での相続財産の取り分調整で非常に重宝します。不動産は換価して分割するとしても、買い手を見つけて実際に売却代金を受け取るまでは数か月はかかります。現金ならすぐに分割ができ時間もかかりません。
② 納税や支払いがしやすい
相続税は高額になることも多く、その場合は納税資金の確保が難しく問題になることもあります。現金ならば相続税の支払い原資としてそのまま利用できますし、借金の返済や何かの購入に対する支払いなど目的を問わず各種支払いに充てることができます。
③ 管理に手間がかからない
不動産を相続した場合、自分で利用するしないに関わらず、管理やメンテナンスのために一定の手間をかける必要があります。特に自分で住まない場合はその手間の負担感が大きくなり、遠方の場合はわざわざ移動の時間をかけて通気や庭木の手入れをしたりといった苦労が伴います。
不審者を排除する仕組みの導入を考える必要もあり、適切に管理しないと近隣に迷惑がかり苦情が出たり、損害賠償などの責任が生じることもあります。現金であればこうした手間は一切不要で、銀行等の金融機関に預ければ通帳の管理程度で済みます。
④ 管理費がかからない
不動産は固定資産税や都市計画税などの固定費がかかり、それ以外にも管理やメンテナンスに一定の費用がかかります。現金も貸金庫などに預ければ費用がかかりますが、通常は自宅保管や預金として管理するでしょうから不動産のような固定費などもかからず、むしろ預金として利息を手にすることもできます。
現金を相続するデメリット
現金を相続するデメリットは不動産と比べると相続税の負担が重くなることです。上で説明したように現預金は相続税の計算の際にそのままの額で評価されるので、不動産と比べて割高となり、その分相続税の額が上がってしまいます。
次の項では不動産を相続した場合と現金を相続した場合で、相続税の負担がどうなるか簡単に確認してみます。
相続税の計算例
ここでは現金を相続した場合と不動産を相続した場合の簡易な計算例として、相続人が一人と仮定して計算してみます。相続税には基礎控除枠があり、どのようなケースでも相続財産の価額から基礎控除を行って課税対象を小さくすることができます。
ここでは相続人が一人としますので、基礎控除は3600万円ということになります。ではまず現金として1億円を相続するケースを考えてみます。現金はそのままの額で評価されますから、1億円から直接基礎控除を差し引きます。これにより、1億円-3600万円=6400万円が課税対象となります。これを下記の相続税率表に当てはめてみましょう。
国税庁公式【相続税の税率】:
これによると対応する税率は30%、控除額が700万円ですので、6400万円×30%-700万円=1220万円が相続税としてかかることになります。次に時価1億円の不動産を相続した場合を考えます。精密な計算は省き、相続税評価額として時価よりも二割程度安い評価額で計算します。これにより1億円の不動産が8000万円に減額されます。これから基礎控除を引くと8000万円-3600万円=4400万円です。適用税率は20%、控除額は200万ですので、4400万円×20%-200万円=680万円が相続税額となります。現金に比べて540万円も負担を抑えられた結果となり、かなりお得であることが分かります。
もしこの不動産が小規模宅地の特例を適用できる土地であった場合、基礎控除を引く前の相続税評価額を大きく減額できるので、優位性がさらに増すことになります。
まとめ
本章では相続財産として受け取る場合、現金と不動産ではどちらが良いのかについて見てきました。相続税の負担を考えた場合、計算の仕組み上不動産の方が安く計算できるので税負担を下げることができます。さらに小規模宅地の特例を利用できれば、最大80%の評価減の恩恵を受けられるのでお得度合いが大きくなります。
一方で現金の方が何かと使い勝手がよく、分割もしやすいのでトラブルが起きにくいと言えます。一つ大まかな見方としては、自分で住むことが確実な不動産であれば、相続税の負担減の恩恵を考えて不動産の方がお得です。自分で利活用しないのであれば、相続税の負担があるものの現金の方が使い勝手は良い、という見方ができますね。
ただし個別のケースでは色々と事情が絡みますから単純比較は難しく、様々な要素を加味して考える必要があるので、必要に応じて専門家のアドバイスを受けながら検討するようにしてください。
戸田譲三税理士事務所(現税理士法人みらいパートナーズ)、富士通株式会社 社内ベンチャー企業 勤務を経て2004年 桐澤寛興会計事務所 開業その後、2012年に響き税理士法人に組織変更。相続相談者様の悩みに寄り添うサービスを心がけている。
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